菊地成孔『サイコロジカル・ボディ・ブルース解凍』(白夜書房)


・読了しました。


・格闘ヲタっぷり全開の「ひとりマニュ穴」(http://www.manuera.com/manuana/)のテクストと、観戦(&マスコミ報道のチェキ)と無縁の五年を挟んで後、再び格闘技の世界に舞い戻り書き下ろしたテキストを組み合わせた、菊地成孔の格闘技本。


・「ひとりマニュ穴」に関しては以前にも言及したことがあるが(http://d.hatena.ne.jp/takabe/20030924)、分析の緻密さと文体のドライブ感がみごとに一体となった、菊地成孔による文字テクストの最高峰だと思う。それがまとまった形になったのは、ファンとして慶賀であろう。書き下ろし部分も、「新日本プロレス西村修の悟りはレインボーマンの悟り程度」とか、やたらに鋭すぎる指摘が幾箇所かでなされてはいるのだが、「マニュ穴」に比べてイマイチ物足りないというのは否定できない。それにしても、冬木の死に対してなぜ言及がないのか?何か抑圧が働いたのだろうか?


・ベストは「骨法」と「古代帝国軍」をアナロジーで論じた部分。すっげー笑えるくせに、分析が的確に過ぎる。この人、カルトにやたら関心持つよね(笑)。


・少年時代に「天皇」と称する老人からトンデモ電波系の日本史の講義を一日六時間受けていたという過去話の告白は、飛ばしすぎじゃねーの?、って気がしないでもないのだが、妙なリアリティに満ちている。かつて父親が、トンデモ電波系の方向にブレイク・オン・スルー・トゥー・ジ・アザーサイドした身としては、他人事とも思えない(もう回復したです。オクスリの力って、ホント偉大だ・苦笑)。


・「古代帝国軍」は昔、ばったりと出くわしたことがある。94年か95年。もう十年も前の話だ。


・神保町の三省堂の前の交差点に、でっけー街宣車のような車が留まっていたのだった。路上には迷彩服を着た若者がいっぱいいて、必死になってビラを配っていた。街宣車の上には一人の男が立ち、やはり必死になって叫んでいた。


・「ワタシたち古代帝国軍はぁー!五十日以内にー!自衛隊を巻き込んでクーデターを引き起こしー!」


・うわぁ。すっげぇなあ。何だろう、この人たち。僕はガードレールに腰を掛けてタバコに火を点け、横断歩道を挟んだ位置からのんびりと見物を決め込むことにした。



・大学で使うテキストを買いに来たのだと記憶する。平日の午後のことだった。そんな時間帯だから、その場にいた人たちはサラリーマンばかりで、忙しそうに行き来をしているだけだった。ビラを手に取る者も街宣車の男のアジテーションに耳を向ける者も、一人もいなかった。あたりに漂う「いつもの感じ」は、「古代帝国軍」の人たちの憑かれっぷりと残酷なまでにコントラストを描いていた。ビラを配る彼らの顔は必死そのものだった。「お願いしまーす!」選挙運動さながら、そんなことまで言っていた気がする。街宣車の男のヴォルテージは、どんどんと上がっていった。


・「クーデターを起こした後はぁー!腐った官僚と政治家をー!全員死刑としー!」うひゃあ!!!僕はゲラゲラと笑いそうになるのを必死に堪えた。うおお!!! いいぞお!!!(≧∀≦)/!!!


・ふと気がつくと、一台のミニパト街宣車の脇に留まっていた。


ミニパトから降りた婦人警官のお姉さんたちの動きは迅速だった。上に立つ男に一言も声を掛けることなく、黙って街宣車のタイヤのところにチョークで線を走らせたのである。男の声は一気に止まった。男と婦人警官は何やら話し込み始め、男は頭を何度が下げていた。男の戸惑いと焦りが、こちら側にも伝わってきた。


・男は再び街宣車の上に立った。男は弱々しい声でこう言った。「すいませーん・・・ブンシの皆さん・・・集まってくださぁい・・・」


・ブンシ・・・?


・あぁー!「反乱分子かぁぁあ!」-y( ̄Д ̄)。oO○


・分子のみなさんの動きも迅速だった。そそくさと隊長(なんだろうな。街宣車の男は。)の元に戻り、簡単に指示を受けると、街宣車は申し訳なさそうなオーラをあたり一面に撒き散らしながら、専修大学方面へと消えていったのだった。


・だいたいだよぉ。政治家や官僚を皆殺しにするとか言っておいてさあ、ミニパトの婦人警官に何も言えないってどういうことですかぁ!!、駐禁コワくてクーデター起こせるんですかねぇ! でもまあさぁ、オレなんかもさあ、腐り切った奴らを死刑にして欲しいと思ってるのは「古代帝国軍」のみなさんと変わらないからさあ、もうホント、「古代帝国軍」にはガンバって欲しいよねえ!


・その夜ゲラゲラ笑いながら、友達にそんな話をした。友達もゲラゲラと笑っていた。先にも述べたように、いつのことだったかははっきりと覚えていない。ただ一つ、僕が「古代帝国軍」と出会ったのは、オウム真理教による地下鉄サリン事件の前だったということは確かだ。


・「カルト」のみなさんの言うことを、横断歩道一本ぶんくらいに離れた距離(物理的な距離と言う意味でも、そしてもちろん、精神的な距離という意味でも)からゲラゲラ笑いながら楽しむことのできた時代。そして「大人」たちも、彼らの言うことを黙殺する「寛容さ」(!)を持っていた時代。経済は今と同じでボロボロだったけど、殺伐さが今と段違いに薄かった、幸せなあの時代。


・そこから大きく時代は変わったのだった。格闘技本の話をしていたんじゃなかったか?そう。この時代の変化と、プロレスから総合へという格闘技界のパラダイム・チェンジはパラレルではないか?ということをこの本を読んで考えさせられたのだ。次回に続くんだが、果たしてまとまるんだろうか。頑張ってみるです。





サイコロジカル・ボディ・ブルース解凍 ~僕は生まれてから5年間だけ格闘技を見なかった~

サイコロジカル・ボディ・ブルース解凍 ~僕は生まれてから5年間だけ格闘技を見なかった~