『アフターダーク』

・この程度の長さの村上春樹の小説って久し振りですね。



・深夜の渋谷を舞台として、現代的な若者の姿と禍々しい暴力をパラレルに描いている。二つの世界が何か論理的な関係で結ばれることは決してなく、読者の目前にただ放り出されている、そういう読了感を残す。分りやすい因果関係めいたものを作中に設けないのは、筆者にとって意図あることなのだろう。



・「われわれ」と自称するカメラ(?)が視点を担うことで、登場人物の内面は読者に明瞭に伝わらないし、それぞれの登場人物の意図と行動との因果関係すらもはっきりとせず、読んでいて据わりの悪さを感じさせる場面が多々あるのだが、そこにこそ、筆者のなんらかのたくらみを感じる、というわけである。



・意図のみえない行動。それを通常私たちは暴力的、と呼ぶのであるが、そうだとすると、この独特の語り口は、暴力の禍々しさを最大値において描くために要請されたものであるか、と思った。確かに、ラブホテルで中国人売春婦を襲う男の不気味さなどは、なかなかである。



村上春樹は、この新作で都市の断片として「暴力」を描いた。断片であるがゆえに、その「暴力」は説得力ある形で説明され得ない。なるほど、ここで描かれた「暴力」だけでなく、現実に、不意に私たちを襲う「暴力」にしても、そういう形をとっていると言える。だが、仮にそれが「暴力」の本質だとしても、現実に私たちを襲う「暴力」と同じ形式で「暴力」を描けば、その小説は必ず禍々しいものとなる、というわけでもなかろう。やはり福田和也が『週刊新潮』の時評で述べていたように、やや長さの点で物足りない、か。



・でも「海辺のカフカ」より、僕は好きです。