読了本


村上春樹意味がなければスイングはない』(文芸春秋


・他にも最近出された毛沢東の伝記(べらぼうに面白い。なんで中国史は現代史であっても三国志級にドラマチックに展開するのか)とか、内田樹の新刊とかも読み終えましたが。


ブルース・スプリングスティーンについて論じた章と、ウィントン・マルサリスについて論じた章が出色。前者に関していえば、優れたアメリカ文化論の域に達している。スプリングスティーンとレイモンド・カヴァーを、アメリカのブルー・カラー層の現実をリアルに描いた代表的な表現者として論じる。さらに、どうしてブルーカラー層の「現実」は、長くアメリカの文化史において表現の対象として取り上げられることがなかったのか、を問おうとする。昔からそうなのだが、アメリカ文化というテーマにおいて村上春樹の筆は実に冴える。『アフターダーク』も『東京奇譚集』も、とても納得のできる代物ではなかったが、ジャンルの違いを無視して言えば、久しぶりに春樹節健在といった感慨を覚えた。


・時期をおかず小説を発表し続け、新たなスタイルを模索し続ける姿勢というのは、まあ現代の作家で他に類を見ないと言えなくもなく、そこに村上春樹に作家としての誠実さ、というのを見出し、評価することもできるだろう。ただ、正直、最近の小説はホントにキツい。登場人物や物語世界に「現代的」な意匠を凝らし、時代と切り結ぼうと言う姿勢が、どう見てもムリな感じがしてならない。


・と言うわけで、生理的に持っているのであろうミ二マリスティックな世界観を、村上春樹が自身の小説の中に持ち込もうとしなくなって久しいわけだが(もう一つ失ったもの。『ダンス・ダンス・ダンス』を最後に、村上春樹が失ったのは、登場人物の会話のキレだ)、このエッセイには、久しぶりに彼独自の世界観が良い形で結晶していると思われて、好ましかった。





意味がなければスイングはない

意味がなければスイングはない