吾妻ひでお『失踪日記』(イースト・プレス)


・読了しました。


・以前大塚英志が、「文学的」と評されることの多いつげ義春の漫画について、そこに作家の重たい実存などを読み込むべきではない、みたいなことを言っていた覚えがある。『無能の人』なんかの「世捨て人」的な「キャラクター」は、技術的に構築された「キャラ」に過ぎないんだ、というわけだ。


・そういうものなのかなあ、と思っていたけど、この『失踪日記』を読んで、その大塚の言葉が妙な説得力を持った。「漫画」が描けないことで「世を捨てる」とはこういうことなのか、というのが、いささかも「文学」的な誇張を含むことなく(つまり「リアル」に)、ひたすら「漫画」の文法に則った形で描かれている。「マンガ」が「マンガ」において「リアリティ」を持つ、という理想形がここにある、と言うべきか。


・「マンガ」の文法に則った四頭身キャラが、ホームレスとなり配管工となり、最後にはアル中になる。それぞれの生活の細部の描かれ方が丁寧で(このマンガは「ホームレス生活マニュアル」としても機能するはずだ)、実に読ませる一冊である。週間連載のサイクルの地獄から抜け出し、「マンガ」を描くのが嫌になって身分を隠して配管工になって、でも社内報に「マンガ」を応募してしまいそれが掲載される、というヒューモアの突き抜け方も素晴らしい。こうしたエピソードが数々並び、いやホント、ホームレスとかはちょっと嫌だけど、配管工とか精神病棟とか、これはこれで楽しそうだなあ、と思わせてくれたりする。



失踪日記

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