『袋小路の休日』


小林信彦の代表作。講談社文芸文庫の目の付け所のよさが光る新刊。


・主人公は雑誌の雑誌やテレビの脚本などの執筆を生業としている、いまでいうところの「フリー・ライター」。この小説が書かれた時代にはそういう仕事はありえなかったそうだが、にもかかわらず抜群のリアリティを持ち得ている。


・東京という都市の描かれ方が実に素晴らしい。それが、キャリアに裏打ちされた筆者の描写力によるのは確かであるが、なによりも重要なのは、「都市」というこの小説のモチーフが、主人公の人物設定と巧みに連動している点にある。どういうことか。


・仕事の成果が、その次の瞬間には跡形もなく消え去ってしまうことを宿命づけられている、そうした類の仕事に主人公は従事しているわけだが、そのような形でこれから先も磨耗され続けてしまうであろう自分自身に対しての諦観が、テキスト全編を貫く通奏低音となっていいる。そして、そうした諦観が、「東京」という都市にも同じ形で向けられていることに、読者は気付かされることになるはずだ。


・こうした主人公の感性の動き方によって、この小説は一つの都市批評としても成り立っていると言えよう。東京のような「都市」もまた、そこに集う者たちの消費のスピードが瞬間的なものになることを必須とする場ではないのか。そうした問いかけを、この小説は読者に突きつけている。つまり、東京という「都市」が、外見上の煌びやかさ・華やかさ故に、はかなさに満ちた無常の場であることが、主人公のありようと二重写しにされながら、見事に抉り出されているのである。ここにこそ、『袋小路の休日』という小説の最大の魅力がある。